奴隷の時間 自由な時間 お金持ちから時間持ちへ


人生の幸福は、「現在」を大事にすることにあります。将来の利益のために、現在を犠牲にするのは最悪の生き方。あらゆる宗教が、現在を大事に生きよと教えています。ひろさちやが教える「お金と時間」とうまくつき合う智慧。

そもそも「人生」とは何か?あまり大上段に振りかぶった問いではなく、素朴に考えて「人生」とは「人間が生きていること」ですよね。人間が生きているということは、のんびりと、ゆったりと、自由奔放に生きていることであって、奴隷のように鞭打たれて強制的に働かされていることではありません。
つまり、自由な時間をふんだんに持っているのが本来の人間です。自由人です。そのような人間=自由人が生きているのが「人生」です。
ということは、「人生」とは自由な時間そのものなんです。
だが、われわれ日本人は、その自由な時間を売って金に換えました。それが経済成長です。
そして、そこで得た金でもって「生活の快適さと利便性」を手に入れた。
皮肉なもので、利便性が増大すればするほど、ますます自由な時間は失われます。利便性の低い昔の時代は、東京から広島への出張は最低一泊を必要としました。そうすると、夜はかき鍋で一杯といったふうに、のんびりした時間を味わうことができたのです。でも、新幹線にのぞみ号が走る利便性の向上した昨今は、広島あたりだと日帰り出張です。社員からゆったり、のんびりの時間が削減されてしまいました。
一方、われわれは時間を売って金に換えた段階で(経済成長を指向した段階で)、すでに不幸になっています。自由な時間を失ったのだから、奴隷(エコノミック・アニマル)になってしまったのです。奴隷には幸福なんてありませんよね。
不幸になったわれわれは、儲けた金でもって「人生の幸福」を買いたいと思います。だが、おっとどっこい、「人生の幸福」は金では買えません・・・


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